もう他人になってしまった




インフルエンザになってしまった。


月曜日の朝から体調が優れなかったが、先週までの疲れと低気圧のせいだろうと軽く考え、夕方まではだらだらと休んでいた。

しかし、夕方から夜、夜から深夜になるにつれて、だらだらもしていられないくらい、全身の筋肉が痛み、頭が痛み、咳は出るわ、鼻水は出るわ、熱がどんどん上がっていくわで、自分の身体が自分の身体ではなくなっていくようで、怖かった。

そのような異変を感じ始めたとき、現在地から自宅と恋人宅とでは、恋人宅の方が近く、迷った末、後者に避難した。

避難したはいいが、恋人が帰ってくるまでの時間が、地獄のように長かった。

ベッドに横になってしまったが最後、身体が鉛のように重くて動けない。食べる物も飲む物もなく、鼻をかむティッシュも途中で切れてしまった。

恋人に「ポカリとティッシュを買ってきてほしい」とLINEをしても(打ち合わせ中だったため)既読が付かない。返信が来るのを諦めて、ふらふらしながら近くのスーパーでポカリとティッシュを買って帰った。その帰り、向こうから急いで歩いてくる人が恋人に見えたけれど、見事に見間違いで、エレベーターで泣いた。

エレベーターで泣いた、と書いたけれど、恋人の家に着いてからは、基本的にはずっと泣いていた。恥ずかしげもなく。子供のように、声を上げて。ごめんなさい、ごめんなさい、と。子供のように、声を上げて。

ほとんどパニック状態に近かった。

恋人が帰ってくると、急に冷静になった。ここにいてはいけない、と。恋人が買ってきてくれたウイダーと薬を流し込んだあと、タクシーを呼んでもらい、自宅へ帰った。公演を間近に控えた恋人と一晩同じ部屋で過ごして、風邪を移してしまうわけにはいかなかった。

タクシーの運転手さんは、見るからに体調の悪そうな私の様子を見て察してくれたのか、とても親切にしてくれた。正直、めちゃくちゃさみしかったけれど、おかげで、恋人宅から自宅までの間の時間は落ち着いていられた。

とはいえ、もう、タクシーを降りてからは、もう、不安と孤独と体調不良がぐちゃぐちゃで、もう、何が何だかわからなくて、もう、もう、ずっと泣いていた。

ベッドとトイレの往復。無音だと不安になるからテレビはつけっ放し。部屋の電気もつけっ放し。涙を拭いて、鼻水をかんで、ポカリを飲んで、いつのまにか寝て、息が苦しくて目が覚めて、トイレに行って、ベッドに戻って、の繰り返し。

そして、心身ともにぼろぼろの状態で迎えた火曜日の朝、ふらふら電車に乗り、ふらふら病院に行き、連休明けだからかめちゃくちゃ待たされ、インフルエンザだと診断されたのだった。

ちゃん、ちゃん。


なんだかもう踏んだり蹴ったりで、ここまで書いていて、このままでは自分のことを本気で嫌いになってしまいそうな気がしてならないので、インフルエンザのことはここまでにしておこうと思う。

とりあえず、あと数日間は自宅で大人しく過ごす。

(症状は火曜日のうちに嘘みたいに軽くなったのでご心配なさらず。多方面にご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません。ご連絡くださった皆さま、お心遣いいただき本当にありがとうございます。)



気を取り直して、先週の日記を書く。

いつものように日曜日または月曜日に書くことができなかったので、先週の分の日記がすっぽりと抜け落ちてしまっている。

その一週間が、ここ最近の自分としてはなかなか充実したものだっただけに、なんだか悔しい。なんだか悔しいので、比較的簡易的ではあるけれど、記録をしておく。


4月29日(月)

凹o『音楽』とかもめマシーン『俺が代』を観た。どちらの作品も素晴らしかった。


4月30日(火)

早稲田松竹で『寝ても覚めても』と『きみの鳥はうたえる』を観た。特に前者が衝撃的で、言葉が時間によって本当にも嘘にもなってしまう危うさについて考えた。

早稲田小劇場どらま館の下見のあと、ひとり多ずもうでご一緒する皆さんとご飯を食べた。

平成から令和に変わる瞬間は、いつも通り、恋人と一緒に東海オンエアを観ていた。【ほぼ一生】「令和」の間やり続ける罰ゲームを一人一つ決めよう!という動画。バカすぎる。(褒めている。)


5月1日(水)

モスバーガーで、ひとり多ずもう『アブラ』の脚本を直した。改稿に改稿を重ねて来たが、ひとまずはこれで最終稿ということにしたい。

新宿区 西落合にある「栄湯」に行った。


5月2日(木)

南池袋公園で、水谷先生と桃山商事の清田代表と自主ゼミの打ち合わせを兼ねて「おしゃべり」をした。あっという間に時間が過ぎた。

高円寺にある「チーズ喫茶 我が輩は山羊である」でチーズコーヒーとコーヒーゼリーをいただきながら、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』を一気に読んだ。

夜は、小杉湯で番頭のアルバイト。仕事終わりの交互浴がたまらなく気持ちよかった。


5月3日(金)

連日の外出で疲れが溜まってきたのを感じていたので、昼間はだらだらと過ごした。

夜は、昨日に引き続き、小杉湯で番頭のアルバイト。ゴールデンウィークということもあってか、すごく混んでいて、すごく忙しかった。が、仕事終わりの交互浴と「酒場ニホレモ」の本気レモンサワーが最高だった。


5月4日(土)

一日に二軒の銭湯に行くという贅沢を知ってしまった。(配達→銭湯①→配達→銭湯②)

銭湯① 新宿区 中落合「ゆ〜ザ・中井」

銭湯② 豊島区 西池袋「妙法湯」


5月5日(日)

小杉湯で番頭のアルバイト。この日は仕込みのお手伝い。こどもの日で、菖蒲湯の日だったので、菖蒲をロープでしばったりネットに入れたりする作業をさせてもらった。

仕込みの後に(たくさんのおばあちゃんたちとたくさんの親子連れたちと一緒に)入るお風呂はなんだかとても明るくて、やさしい気持ちになった。

配達をして、自宅の近所にあったにも関わらず一年以上気がつかなかった「万年湯」に行った。



だるだるの部屋着で、寝たり寝なかったりしながらずっとベッドにいて、どこまでが昨日でどこからが今日の自分なのか分からないような二、三日間を過ごしてきた私にとって、先週の私の日記は、まるで他人の日記のようだ。

毎日外出していて、毎日人と会っていて、毎日人と話していて、演劇を観ていて、演劇を作っていて、映画を観ていて、本を読んでいて、働いていて、運動をしていて、食事をしていて、飲酒をしていて、そして何より、一日一回以上、入浴をしている。アクティブでポジティブ。「いいね!」って感じ。

とはいえ、先週の私がアクティブでポジティブであり過ぎたがゆえに、今週の私が体調を崩したとも言えなくもない。他人のように「そんなに頑張っちゃって大丈夫?」と心配する、と同時に、普通に、自分自身の問題として反省する。



さっきも書いたけれど、体調が悪いときに物事をくよくよ考えても、自分を嫌いになるだけで何もいいことがないので、とりあえず、記録だけを残しておいて、回復したら、今回の大きすぎる波について考えたいと思う。


熱が出たりすると気付くんだ
僕には体があるって事
鼻が詰まったりすると解るんだ
今まで呼吸をしていた事

君の存在だって何度も確かめはするけど
本当の大事さは居なくなってから知るんだ


歳を数えてみると気付くんだ
些細でも歴史を持っていた事
それとほぼ同時に解るんだ
それにも終わりが来るって事

君の存在だっていつでも思い出せるけど
本当に欲しいのは思い出じゃない今なんだ


風邪を引くたびに思い出す(逆に風邪を引かないとめったに思い出さない)BUMP OF CHICKEN「supernova」の歌詞もメモとして残しておく。



中島梓織

中島梓織(なかじましおり)のホームページです。